久しぶりにドイツから日本に一時帰国すると、同じ先進国でありながら「こんなにも違うのか」と驚かされる場面が次々と登場します。
家具の高さ、街の空気感、人の動き方まで、日々の生活を形づくるあらゆる要素にその国独自の文化が強く反映されているようです。
こうした違いは、言葉よりも身体で強く感じられるため、日本とドイツを行き来するたびに新鮮な発見があります。
全5回でお伝えする私がドイツから日本に一時帰国時した際に気づいたことですが、今回は、身体で感じる生活空間の違いについてご紹介します。
・ドイツでの生活に興味のある方
・ドイツから日本への一時帰国を予定している方
高さの違いはまず最初に気づくポイント
日本に降り立ってすぐ空港のお手洗いに行くと、まず洗面台の低さに驚かされました、
日本に住んでいた頃は何とも思わなかったはずですが、久しぶりに日本の洗面台を使用しようとすると、「あれ?こんなに低かったっけ?これは子供用?」「こんなにかがむ必要があったっけ?」と驚かされました。
特に顔を洗う時には、腰を深く曲げる必要がありました。

また、お手洗いの洗面台だけでなく、小便器や大便器もドイツより日本の方が高さが低いことが多いです。
特に大便器はパッと見では気が付きにくいのですが、背の低い方が日本の便座に座ると、「あっ、ドイツとは違って足が床に着く!」と感動することすらあります。
さらに、久しぶりの実家に到着して少し動き回ると、洗面台の低さに再度違和感を覚えた直後、次はキッチンでも「低い」と感じました。
ドイツでは日本よりも背の高い人が多いため、キッチンの作業台の高さが全体的に高めに設計されています。
そのため、身長が170cm台後半である私は、ドイツのキッチンで調理する際、腕を水平よりやや下に伸ばす自然かつ楽な姿勢で作業をすることができます。
一方、日本のキッチンはドイツのキッチンに慣れてから使用すると、「明らかに低く」感じられます。
親から「うちのキッチンは標準より高めに作られている」とも言われましたが、それでもやはりドイツのキッチンより明らかに低いと感じたのです。
その感覚は、実際にそのキッチンで作業をした時により強く感じました。
包丁を持って食材を切ろうとしたり食器を洗おうとしたりすると、自然と前かがみになり腰が丸まります。
長時間作業をすると、ドイツでは感じることのなかった疲れを腰に感じました。

海外で住む期間が短いと気になりませんが、数年ぶりの帰国だと「身体に合っていない」という感覚が強く出るため、日独の生活空間の設計の違いを改めて身体全体で感じます。
この高さの差は単に「体格差」だけでなく、生活を伝統的にどの姿勢で行うかという点も関係しているのではと感じます。
日本には床に座る文化が残っていますが、ドイツでは床に座ることは基本なく、椅子に座る生活が当たり前です。
こうした日常の積み重ねが、住まいの設備にも反映されているのでしょう。
人もモノもコンパクト仕様に感じる日本
日本に帰国して街を歩いたりお店に行ったりすると、あらゆるものが「小さい」ことにも気づきます。
飲料や食品パッケージ、家具、家電、そして人々の体格まで、すべてが「小さい」「細い」という印象です。
例えば、日本の280mlのおーいお茶のペットボトルを見た瞬間は、その小ささに少し驚いたとともに懐かしさをも感じました。
また、200ml前後の缶コーヒーを見た時も、「このサイズの飲み物懐かしい!」と感じました。

そもそも、ドイツで500ml以下のペットボトルや缶に入った飲み物を見かけることは、あまりありません。
特に水に関しては、1Lや1.5Lのペットボトルを鞄に入れて持ち歩くのがドイツでは一般的です。
日本人からすると非常に変な感覚ですが、ドイツではリュックサックから1Lの水の容器が普通に登場します。
また、ドイツでは、食材もまとめ買いを前提にした大きなパッケージが多くなっています。
その代表格は、2.5kgのじゃがいもの袋や1kgのにんじんの袋、250g入りのピザ用チーズです。
バターも、日本では一箱200gが一般的ですが、ドイツでは一箱250gが一般的です。
板チョコレートも、日本のものが一枚50g前後であるのに対し、ドイツでは一枚100gが基本です。

日本の製品は、良く言えば手に取りやすくて持ち運びやすく使いきりやすいサイズ、悪く言えば少しケチなサイズが標準です。
また、日本では家具や部屋そのものがコンパクトに設計されているため、「空間に対する日本人の感覚の細やかさ」も強く感じます。
限られたスペースの中で暮らす工夫が至るところにあり、収納方法、家具の形状、動線の最適化などが丁寧に考え抜かれています。
それを裏付けるように、日本の100均やホームセンターでは、狭いスペースを有効に活用して物を綺麗にまとめるためのアイデア商品が、数多く販売されています。

こうしたコンパクトさには、一見すると窮屈さやけちくささを感じるかもしれませんが、同時に「無駄がない」「機能的にまとまっている」という良さもあります。
日本の文化の魅力や特徴は、まさにこうした細部にも宿っていると感じます。
高層ビルの多さで「空の狭さ」を感じる日本の都市部
ドイツから日本に一時帰国し東京や大阪などの大都市に降り立つと、まず目に入るのがビルの高さと密集度です。
高層ビルが視界を覆い、空が切り取られたように感じられます。
日本も中国やアメリカなどに比べると、高層ビルはそれほど多くありません。
しかし、高層ビルが非常に少ないドイツから日本に来ると、東京や大阪の高層ビルの多さには改めて驚かされます。

ドイツでは、景観規制のある都市が多く、建物の高さに上限が設けられている場合があります。
そのため、街全体が水平に広がっており、視界に広い空が入ってきます。
空が広く見えると、心理的なゆとりも生まれやすく、都市の印象が大きく変わります。
日本の都市部はダイナミックさが魅力で、建物が立体的に重なっているからこその活気があります。
都市のきらびやかな夜景は、世界でも有数の美しさがあります。
しかし一方で、ドイツに慣れた身体には「少し息苦しい」と感じる瞬間もあります。
外で真上を見上げた時に人工物がまったく視界に入らない場所は、東京では非常に限られています。

街の高さは、文化や歴史、都市計画の方向性を象徴する要素です。
帰国する度に、この「空の広さ・狭さの対比」が都市の個性として身体で強く感じられて面白いです。
人工物が中心で緑の少ない日本の街
東京のような日本の大都市または地方都市を歩くと、緑が少なく感じられます。
公園はドイツのものよりも小さいことが多く、街路樹や植栽も少なめです。
神社やお寺の敷地には、住宅街であっても緑が豊富にあることが多いですが、ドイツのように住宅街そのものが緑に包まれているケースは都市部では多くありません。
ドイツの住宅街は、家の前や裏手に広い庭があり、大きな木が自然に配置されていることもよくあります。
街の中心部から数キロしか離れていないところであっても、外を歩けば木漏れ日の中を散歩するような感覚で、視界のどこかに必ず緑が入ってきます。
森や芝生が生活圏のすぐそばにあることを、ドイツでは肌で感じられます。
ドイツ人が、都市の景観を形づくる要素として自然の多さを重要視している結果でしょう。

日本は、自然が都市の中に点在するというより、「自然を守る場所が決められている」という印象があります。
神社の境内に入ると、外とはまったく違う世界が広がり、一気に緑に包まれる感覚があります。
限られた空間に濃密に自然が集まっているため、そこに行けば四季の変化も強く感じ取れます。
どちらの方が良い悪いという話ではありませんが、都市における自然との距離感の違いは、日本とドイツの大きな違いだと改めて感じました。
公共のゴミ箱が少なく不便に感じる日本の街
日本の街が清潔であることは世界的に知られています。
しかしその一方で、公共のゴミ箱が驚くほど少ないことに驚かされるのは、日本を訪れる観光客にとって定番です。
飲み終えたペットボトルや食べ歩きのゴミを捨てようにも、外ではゴミ箱がなかなか見つかりません。
ゴミをしばらく持ち歩くことになることが多く、場合によっては家にまで持ち帰ることすらあります。
ドイツでは駅や公園、広場などに多くのゴミ箱が設置されており、都市の普通の道路にも数百メートルに一つぐらいはゴミ箱があります。
そのため、出先でゴミの捨て場に困ることはほとんどありません。
街全体で「ゴミは出たタイミングで捨てる」という文化が根付いているようです。

対する日本では、1995年に発生した地下鉄サリン事件の後、防犯対策として街中のゴミ箱が激減した経緯があります。
また、最近は経費削減のため、駅やコンビニのゴミ箱も減少傾向にあります。
そのため、「出したゴミは持ち帰る」というルールが一般化しており、国民の意識の高さが街の清潔さを支えています。

このような違いは、日本特有の公共意識の高さを象徴する一方で、ドイツ生活に慣れた私や訪日観光客にとっては、非常に不便に感じる場面でもあります。
歩行者信号を守る人が圧倒的に多い日本
日本の街を歩くと、歩行者のマナーの良さが際立ちます。
車が来ていない横断歩道でも、赤信号なら渡らずに待つ人が多く、集団で「信号を守る」という文化が一般化しています。
ドイツでは、赤信号であってもそれを無視して渡る歩行者が非常に多いです。
子どもが見ている場面では信号を守る大人がすこーしだけ増えますが、基本的には「合理的な判断」を基準に行動することも少なくありません。
安全が確認できれば、信号の色に関わらず渡ってしまうという行動が広く受け入れられています。

日本人である私は、たとえドイツであっても、赤信号で道路を渡ることに未だに強い抵抗と罪悪感があります。
そのため、ドイツ人の友人が信号を無視して先に進む時でも、自分は信号が青に変わるのを待っていることが多いです。
日本人の信号遵守の徹底ぶりは、都市の秩序や歩行者の安全性に強く寄与しており、日本の街が安心して歩ける理由の一つでもあります。
外気温に大きく左右される日本の住宅
晩秋や冬に帰国すると、日本の家の「寒さ」を改めて感じます。
暖房をつけないとすぐに室温が下がり、室温が10度以下になることもよくあります。
加えて、暖房をつけている部屋は暖かいのに、暖房をつけていない廊下やトイレ、浴室が驚くほど冷えているということもよく起こります。
夏はその反対で、冷房をつけている部屋は涼しく快適なのですが、トイレに行くときは暑くてしんどいということがよくあります。

ドイツの住宅は断熱性と気密性が高く、住居全体が長く一定の温度を保ちます。
そのため、外気温が室温にもたらす影響は小さく、外気温がマイナス5度でも、室温が10度になることは稀です。
すこーしずつ室温が外気温に近づいていく感じで、時間帯や季節による室温の変化はあまり大きくありません。
日本は夏の湿気や地震を考慮した住宅が多く、断熱性が後回しになりがちですが、その分エアコンや暖房に頼る時間が増えます。
こうした構造の違いは、生活の快適さに直結するため、日本とドイツを行き来するたびに強く実感します。
最後に
日本とドイツの生活空間の違いは、単なる偶然ではなく、それぞれの文化の価値観が現れた結果です。
大きさや高さ、自然との距離感、住宅や街の設計など、多くの違いが日常の中に表れています。
海外経験を経て日本に帰国すると、こうした違いが一層鮮明に感じられ、「なぜ日本はこうなのか」を考えるきっかけにもなります。
そしてその疑問の一つひとつが、文化の違いの魅力を再発見する手がかりにもなります。
暮らしの感覚の違いを知ることで、日本や海外での生活がさらに新鮮で面白く感じられるようになります!

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